two: 次に目を開けた時、そこは砂漠だった。それまでの時間がひどく曖昧だ。しばらく眠っていたかのような感じもあるし、目を瞑ったほんの一瞬のうちだったような気もする。ともかくそこは、私の知っている場所ではなかった。空気の感じさえも違う。 ・・・私の服も、違う。 制服を着ていたはずが、いつの間にか見慣れない衣装に変わっている。ノースリーブで、さらさらした感触の布。薄い紫や濃い青色。はたしてこんな服が私に似合っているのか。けれど、その服は目の前の風景には馴染んでいた。 隣にいるそのひとは、私が一応現実を受け入れているのを見て、視線を砂原に移して言う。 「あそこが神殿だ。宮とも呼ばれている。お前はあそこに必要とされているのだ」 そのひとが指差す先に、建物らしきものが見える。遠くてよくわからない。けれど、茶色の砂の中に色彩があることは確認できた。 存在こそはっきり見えるけれど、蜃気楼みたいだ。こんな所にあるのが不思議な建物。だって、周りを見ても、砂以外の何も見えない。 「あそこは、世界に必要不可欠な者達が集まっている。“支え”と呼ばれる者だ。その名の通り、世界の支えとなる。お前もその一人だ」 そのひとは、大したことではないように言うけれど、私にとっては大きな言葉だった。 私が、必要とされている。 私が求めていた場所が、ここにはある。 ずっとずっと、求めてやまなかったものが。 「“支え”は、その存在こそが力になる。この聖域から出ない限り、力は世界を支え続ける。神殿では生活も保障されている。住み心地は悪くないだろう」 こんないい環境があるものなんだろうか。 必要とされている。過ごすのに不都合はない。 「あそこにいるのは皆少女だ。何かあったら訊けばわかるだろう。暫くしたらまた来る。それまで、好きに過ごすといい」 「あ・・・」 『暫く』が数時間なのか数日なのか、ともかく私はこの人以外に頼る人がいないのだが、そのひとはまた消えてしまった。 私の前に現れた時と同じ、霧のように。 とりあえず、あそこ―神殿へ行くしかない。それしか選択はないのだから。 すぐに判断した私は、早速歩き出した。 今立っている砂の上は、丁度山のようになっている。かすかに見える神殿を見下ろしている感じだ。その山をすべり落ちないようにそうっと降り、あとはひたすら、歩く。 どう見ても正真正銘の砂漠だというのに、ここはまったく暑くなかった。むしろ涼しいくらいだ。むこうの世界―私がいた世界では、砂漠は暑いというのが当然だったはず。 やはりここは、異世界なのだろうか。 確信はあるというのに、どこか疑いたくなる。ここが望んでいた場所でなかったと知る時が怖いのだ。むやみに信じて、落ち込む真似はしたくない。 私は、人間不信にでもなったんだろうか。真栖にあんなことを言われた所為で、期待するということを忘れたのだろうか。 期待して、それが途中で崩れたり叶わなかったりすることは悲しい。そのうえ、いつまでも胸の中に留まり続ける。あんな顔で拒絶されたら忘れることなんてできない。 忘れることは時に幸せだと思った。辛いことを消してしまえる。今は、それが早く訪れることを祈った。 もういらない、あんな思いは。 胸に痛みを残したまま、やがて私は神殿に着いた。 神殿は、本当に神殿だった。 当然だ。けれど、まさに想像通りだった。 古代遺跡のように、いくつも柱が並んだ造り。何が素材だか知らないが、僅かに光沢をもった白。むこうの世界の本で見た遺跡の神殿に、神秘さを加えた感じ。 そして、そこここにいる少女達。のんびりとした時間を思い思いに過ごしており、柱の陰でお喋りをしたり、気持ちよさそうに寝ている人もいる。皆、私と同じような服を着ているが、髪の色が綺麗な茶色だったり、地毛らしいが青い髪なんかもある。 私がそれらに見とれていると、少女のうちのひとりが声をかけてくる。 「あら、新しい方?よかったら案内するわ」 「あ、はい・・・」 その少女―女性という感じもする―は、慣れているかのように、先に神殿の中に入って行った。 私も慌てて後を追う。これまたいつの間にか変わった靴が、白の床に触れて音をたてた。 「ここの部屋を使うといいわ。部屋はまだいくつか空いているから変えられるけれど。もう今日からあなたの部屋だから、自由に使ってかまわないのよ。 わからないことがあったら訊いて。きっと誰かが教えてくれるわ。協力しながら過ごす、ってわけじゃないけれど、同じ場所で暮らすのだから」 「はい・・・」 私はまるで余所者のように小さくなってその話を聞いていた。だって本当に余所の場所だ。それを見て、少女が可笑しそうに笑う。 「あなたもここの者になったのだから、もっと悠々としていてかまわないのよ」 「はい・・・」 まあ、そのうち慣れる・・・だろう。 「じゃあ、私はこれで。あとはお好きに過ごしなさいな」 少女は笑いながら去って行く。 どうしようか。扉を開けた部屋の中でカーテンがなびいているのが見える。 自分の部屋だなんてまだ思えないから、そうっと中に入ってみる。生活に必要なものは揃っているようで、なかなか過ごしやすそうだ。 テーブル、箪笥、ベッド。物自体は見慣れているけれど、どうも馴染めない。 椅子に座ってカーテン越しに窓の向こうを眺める。一面の砂。あとは、せいぜい空と雲。 ここでも、空の色は変わらない。雲の流れも。景色の雰囲気が変わっても、それだけは同じ。 きっとむこうの世界であの人達が見ている物と、同じ。 私がむこうで見ていた景色の中と、同じ空。 ・・・駄目だ。ここは落ち着かない。どんどん頭の中が―胸の中が、めちゃくちゃになっていく。色んなものが、溢れそうになる。 その感情を抑えて、私は外へ飛び出た。 |