three: 外は、どこまでも砂の海だった。時々起伏を含みながら、遥か遠くへ続いていく。その果ては見えない。 気分を晴らすためにゆっくり散歩でもしようかと思ったのだが、砂以外何もないのではつまらない。それでも、砂を蹴飛ばしたりしながら、私はしばらく歩いた。けれど、どこか異郷にいるような疎外感はぬぐいきれない。 少し行くと、そこに川があった。水は澄んでいて、僅かに水色がかっている。覗き込もうと体をかがめたその時、私の胸に冷たい感触があった。 見ると、それはペンダントだった。銀色の鎖の先の、交差するライン。小さな十字架。 シンプルだけど気に入っていて、何よりも大切だったもの。 真栖が私にくれた、唯一の贈り物。 いつだったか、初めて二人だけで出掛けた時だった。それまでは、間がもたないからと友人達と一緒だったから、ひどく緊張したのを覚えてる。 映画館に行って、その後付近のお店とかをぶらぶらして。その間に、いつのまにか買っていたらしい。 帰り道に渡されて、びっくりした。すごく、嬉しかった。 プレゼントだから、というのもあるけれど、普段あまり本音を言わなかったりする照れ屋な真栖にしては珍しかったから。 それから、いつもこっそり制服の下につけていた。真栖に呼び出された、今日だって。 服は変わったのに、どうしてこれは残っているんだろう。持っていた鞄も、何もかもが消えたのに。 まるで、私の未練を嘲っているみたいに。 チェーンをはずすと、それを、思いっきり川に投げ込もうとした。 私の未練も想いも、全部消したかった。 けれど。 「捨てていいの?」 響いたのは、少女の声だった。 淡い紫紺の髪。藍色の瞳。その髪を風になびかせて、少女は石の上に座って、私を眺めていた。 歳は、私より少し上。纏う空気はどこまでも静かで、少し冷たい。大人びている。クール、とか、冷静、という言葉が似合う人。 そんな瞳に見つめられ、私は一瞬躊躇う。手のひらの中のクロスは、相変わらず綺麗な銀色の光を放っている。 「・・・いい。もう、いらない」 私はそれだけ言って、ペンダントを川に投げ捨てた。たった一つの音と共に、それは水色の底に沈む。 もうこれで、おしまい。何もかも。 無理矢理川から視線をそらす。 「大切なものだったんじゃないの?」 「一応、・・・大切、だった。過去形」 けれどもう、持っていても辛いだけ。未練を引きずるだけ。そう。もうそんなものはいらない。 幸せだった過去の記憶を持つそれを、近くに置いておきたくない。 「貴女、名前は?」 「・・・ミスイ」 真栖のことを頭から消そうとして、答える。あのひとが口にしていた私の名前。 この世界にいるなら、この方がいい。 そう思った。なんとなく。そのままの私の名前は、この地には不似合いな気がした。 「私は、サハト」 何を映しているのかわからない、どこか冷めたような瞳。けれどその瞳もなびく髪も綺麗だった。 彼女の声は澄んでいて、居心地を悪くさせない。 深く入ろうとしないし、最低限必要なもの以外を求めない。 単に興味が無いだけなのかもしれないけど、それが心地良い。安心する。 「どうして、迷っているの?」 「え・・・」 図星。 「ここへ来たのに、どうして未練を引きずったままなの?」 私が瞳に映っているのかもわからないのに、彼女の言葉は、私の全てをわかっているみたいだった。 もしかしたら、本当にわかっていたのかもしれない。 私が、ここに馴染めない理由。 まだ、向こうの世界につなぎとめるもの。 「わからない」 感情が入り混じりすぎていて、自分がわからない。泣いてしまいたい。真栖のもとを去ってから、泣きたくてもずっと泣けなかった。一度我慢すると、しばらくは泣けなくなってしまう。 どうしてだろう。全てが嫌になった。胸の中でいろんなものが渦巻いて、どんどん黒く暗くなっていってる気がする。強すぎる想いは、時に醜くなるということを思い出していた。 今さっき捨てたクロスと一緒に、全て消してしまったと、消してしまおうと思ったのに。 彼女は、こんなにも簡単に私の中を見抜いている。それとも、私に消すことなんて無理だったというのか。 本当はずっと一緒にいたかった。 ずっと傍にいてほしかった。離れてほしくなんかなかった。 照れ屋で、不器用で、たまにすれ違って、それでもいつか躊躇いなく接することが出来る日が来ると思っていた。 時間はかかるかもしれないけれど、そんな日がきっと来ると。 けれど、その前に崩れた。 一番見たくない方法で。 一番好きで、一番嫌いになった人の手で。 「もう、嫌・・・」 私は、彼女の座る石の陰にへたり込んだ。 |