five:


 サハトと別れると、私は再び砂の海を歩き始めた。
 水の底に沈んだクロスは、もう見えないだろう。私にはもう、そんなものはいらない。
 私が今欲しいものは、私を求めてくれる場所。
 そこへ、私は向かう。
 空が、少し赤色がかっている。この世界にも、私のいた世界と同じように夕暮れがあり、同じように夜明けがあるのかもしれない。とにかく、私はこの世界のことを知らない。
 けれど、さっきまで別世界と感じていた景色も、今はただ美しいと思う。そして嬉しい。ここにいられることが。
 ここで私はこれからを生きる。たとえ逃げているのだとしても、いい。ここで望まれているのなら。
 そうして、私は、神殿に佇むあのひとの姿を見つけた。

「ミスイ」
「はい」 
 その人が呼ぶ名を、今ならば、きちんと受け止めることができる。
「決まったのか」
「はい」
 何が、なんて言わない。この世界で私が迷っていたことなんて、ひとつしかない。訊いてくるということは、このひともわかっているのだろう。
「来い」
 そのひとは、神殿の奥へ入っていく。
 私は、なびく布の背を追った。
 迷いは、もうなかった。

「ここ、は・・・」
 そのひとについて入ったのは、神殿の奥の奥、小さな部屋だった。
 いや、そんなに小さくはない。広さはそれなりにはあって、天井が廊下よりも高くなっている。
 何だか、ここだけがやたらきらきらしている。理由はすぐに知れた。丸い部屋の壁には、いくつかの扉のようなものがついていて、それぞれが部屋の中を映しているのだ。
 もちろん、理由はそれだけじゃない。ここだけが色彩に溢れているし、所々に装飾もある。装飾なら神殿の他の所の方が豪華だが、こっちは色が鮮やかで、少し可愛い。
「ここは、鏡の間。“支え”の為にある場所だ」
 神の為の神殿のはずが、こんなものがあろうとは。
 そのひとは、扉のひとつの傍へ行く。目で促され、私もそこへ近づく。
 鏡の間だというから鏡かと思えば、扉にはまっていたそれは硝子だった。
 中の様子が見える。
 そこは、小さな部屋と言うよりも、ショーケースのような入れもの。そこに、私が、いた。
「これは・・・?」
 私にそっくりで、けれど不思議な神秘さに包まれている私ではないひと。
 人間ではないとわかるのに、肌は人と同じ色で、呼吸をしているような雰囲気もある。
 私のようで、違うようなひと。きちんと、生きている『もの』。
 見ているこっちが不思議だ。
「この『深瑞』は、お前の代わりになるもの。いなくなった本当のお前の代わりに、向こうの世界へ行く」
「私の、代わり・・・」
 確かに、向こうで私が消えたら大変だろう。行方不明だの何だのと言って事件になる。まさか異世界が関わってくるとは思うまい。
 私が“支え”になる代わりに、このひとが行く。
 このひとが向こうの『私』を作っていく。これから先、ずっと。
 私は、扉の硝子に触れる。眠るような私がそこにいる。
 その『深瑞』は目を開けて、私を見た。私と、何一つ変わらない姿。
「“支え”になったら、もう向こうには戻れないぞ」
 そのひとは、言う。覚悟を問うように。
「それでも、“支え”になるか」
 もう決めたことだ。
「はい」
 私は、しっかりとそのひとを見て言う。
「それでは」
 そのひとの声が響く。
「お前を、“支え”として正式に認める」



four top epilogue