――『大好きだよ』

そう言ってくれた君に、俺は銃口を向けた。

どうして?と語る瞳を前にして、俺は冷酷に引き金をひいた。

覚えているのは、緋色の花が舞ったことだけ。



 phantom 



最悪な夢を見た。
何度も何度も、こうやって繰り返し見ては、最悪な目覚めを迎えさせる夢。
けれど、あれは夢じゃない。
実際に俺が引き起こしたこと。
当然のように受ける報い。
―あれは、いつかわからない昔のこと。

俺はひとりだった。
―あいつも独りだった。
どう出会ったかなど覚えていない。
ただ、昔からではなく、ついこの前出会ったばかりで、それからずっと一緒にいる気がした。
理由も無く。
薄茶色の短い髪と、同色の瞳を持つ、愛らしい少女。
けれども、少し格好を変えれば、男にも見えるんじゃないかと思わせた。
覚えているのは、笑顔。
いつも無表情な俺の顔を見ているのだろうに、それでも笑いかける。
俺が返すわけもないのに。
幸せと共に、それは切なさを胸に刻んだ。
この暗い世界の中で、闇しか存在しないような世界で、
彼女は、唯一の光だったのだろうか?

彼女の名を知らなかった。
―俺も、自分の名を教えなかった。
知らなかった。
彼女も、俺も、自身の名前を。
そんなもの必要なかった。
存在があればよかった。
なのに、俺は――
己の手で、消した。

闇の世界。
光の裏に存在し、全てが暗闇で動く世界。
表裏一体。
ここは、何もない世界。
ほとんどの者が、皆―俺も、目的を持たず、けれど生きている。
自分以外の「ヒト」と接しなかった。
その必要がなかった。
そこで、彼女と出会った。

その後、「奴ら」と出会った。
彼らは闇の支配人。
彼らは闇の創造主。
彼らは、残酷な「ヒト」。

「彼女を、消せ」

それが、俺に下された命令だった。
彼らからの。
俺とは、何の関わりもないというのに。
何故。

彼女は、ここには必要ないもの。
否、あってはいけないモノ。
ここを壊される。
消される。
だから、消せ。
闇に光はいらない。
―消えろ。
冷たい銃を、感情を持たない黒い物体を、
俺は、受け取った。

闇の中に浮かんだ、あの笑みを覚えている。

「それだけが、君が生きていくための方法なんだよ?」

声は―忘れた。

あの時、俺は殺されるということを知った。
彼女を消さねば、俺が消される。
けれど彼女は、それでも消される。
俺ではない、別の「ヒト」の手によって。

「裁きなんだよ。ここにいてはいけないものに対する、ね」

彼らは残酷。
彼らは、冷酷。

「何故、君に頼んだかわかるかい?」

闇の中で歪めた唇。

「裏切りは、罪人に一番ふさわしい死に方だよ」

けれども、彼らのもう一つの理由は。
俺に枷をつけるため。
俺を放さないように。
俺を利用する為に。

己を守れ。
己のものを守れ。
消される前に、消せ。
欲望に忠実な獣。

「なあに?」
そんな風に笑わないで。

「どうしたの?」
俺に微笑みを見せるな。

―『大好きだよ』
その言葉を、聞きたくなかった。

嘘だよね?
声を聞かなくとも、表情が語っていた。
嘘じゃない。
これは現実。
己の行動を、俺は止めることが出来ない。

―自分が殺されるのが恐いの?
違う。
この命がある理由さえ無いのに。

―どうせ消える命なら、己の手で消したいの?
違う。
そんな望み、もとから無い。

だったら、何故―――?

彼女は、光。
闇を消すもの。
闇を照らすもの。
この世界に、終わりをもたらすもの。

それを望んでいた。
多くの人々が。
俺の知らない、「光」の世界の人々が。
「闇」を知る人々が。
彼女を必要としていた。

俺をそれを消す。
この手で。

―怯えないのか。
死ぬことが恐くないのか。
俺の裏切りを、何とも思わないのか。

何も言わなかった。
静寂の中で、彼女は死んだ。

怯えも、後悔も、寂しさも、心残りも。

何も、無かった。

 ――・・・

一つの音が、希望を消した。
俺が、この世界の行方を変えた。
闇を消す、光を、小さな少女を。
この手で。

「よくやった」

これは、報い。

これは――罪?

「どうしたの?」
俺はまた、出会う。

「―――?」
俺はきっと、また光を消す。

「ねえ」

これは報い。

自分の望みを忘れた俺への。
光を消した俺への。

既に闇の一部となってしまった俺への。

―『大好きだよ』

最初の少女の幻影が、今もちらつく。




END