CSLサイト内検索 help
[←戻る]
Snow Destiny2
 Since 2003




「雪娘」


 雪が降っている…
 少し開いていたカーテンを閉めようと窓に近づいた僕の目に映ったのは、
ただ音もなく舞い降りる雪と白一色に染められた普段とは違う幻想的な町の風景だった。
 山に囲まれた小さなこの町には何年かに一度の割合でこのような大雪が降ることがある。
 以前にこの様な事があったのは確か十年ちょっと前だ。
 その時はまだ祖母が生きていた。
 彼女はややボケ気味であったが昔話をする時だけは非常に饒舌になった。
 そんな彼女の話を聞くのが好きでよく話をねだったものだった。
 十数年前の雪の日、外に出ることもできず退屈していたその日も祖母に昔話をねだった。
 彼女はいつもと違う少し寂しげな表情を浮かべると静かに話し始めた…
『昔からこのあたりの山の中には雪女の里があるといわれとってのう…雪女は知っとるかい』
『しってるよ、人間を凍らせる妖怪だよね』
『よう知っとるのう…それでの、こんな風に大雪が降っとる時にはその里から若い娘子が
婿探しに町へ降りてくるんじゃ』
『へぇ…』
『お前のじいさんも連れて行かれてしもうた』
『じいちゃんが?』
『そうじゃ、雪の日に出て行ったっきり帰ってこんかった…』
 実際祖父が雪の日に出て行ったまま帰って来なかったというのは事実の様だった。
 長い間祖父はただ蒸発しただけだと思っていたが各種交通機関がマヒし、
町の外に出ることも難しいような大雪の日に蒸発というのも不自然な感じがする、ならば祖父は本当に雪女に連れて行かれたのだろうか…。
 ……………。
 頭に浮かんだ馬鹿な想像を振り払うために二、三度頭を振ると換気のために窓を開けた。
 ふわりと冷機が頬を撫で頭の中が澄み渡るような感覚を覚える。
 窓枠に手をかけ何とはなしに町の風景を眺めようとすると家の前にある小さな公園で何かが動いたような気がした。
 見ると若い女が踊っているようだった、こんな大雪の日に奇特な奴もいたものだ。
 先ほどまで吹いていた風も止み空からはただ音も無く雪が次々と舞い降りている。
 その中で軽やかに舞う彼女の姿からいつしか僕は目を離せなくなった。
 気がつくとコートを引っつかんで部屋のドアを開けていた。
 すでに眠っているであろう家族を起こさないように爪先に体重を掛け忍び足で廊下に出る。
 後ろ手でそっとドアを閉めると耳を済ませた。
 ……物音一つたたない、どうやら三人とも完全に寝入っているようだ。
 姉の部屋を通り過ぎ階段を下りる。
 靴を履き玄関を開けた所でなんだか急に寂しさのようなものを感じて振り返る。
 いつも診ているのとは違う静寂に包まれた廊下が目に映った。
 ただ家の前にある公園に行って来るだけなのにどうして僕はこんなことをしているんだろう…。
 頭ではそんなことを考えながらもなぜか僕はしばらくの間そこを動くことができなかった。
 二、三分そうしていたがドアを開けたままだったのに気付きあわてて外に出る。
 久しぶりにすった外の空気はとても美味しく感じられた。
 そのまま後ろに倒れこみ空を見上げたい衝動に駆られるがそれを押さえ付けて公園に向かう。
 一歩踏み出すたびに足首まで雪の中に埋まり歩きにくいことこの上ない。
 雪と悪戦苦闘しながらようやく公園にたどり着くと少女はまだそこにいた。
 先ほど見た時と同じ様に軽やかに舞っている、まるで雪などないかのようにステップを踏みながら…。
 と、彼女の姿がふっと掻き消えるように見えなくなった。
 目をこすって再び見てみるがやはりいない、消えてしまった?
 しばらく呆然と立ちすくんでいるといきなり耳元に息を吹きかけられた。
 びっくりして思わず尻餅をつく。
 気が付くとさっき見失ったはずの彼女がいつの間にか隣に立っていた。
 色を感じられない真っ白な肌に長い白髪、ウサギの様な赤い瞳。
 白い服を着ていたことも相まって彼女がまるで雪の中に溶け込んでしまうような錯覚を覚えた。
 先天的な色素欠乏…アルピノって言うんだっけかな…。
 彼女が僕の姿を見て笑う。
 なんだかとても恥ずかしくなって思わず頬が熱くなるが面白そうに笑う彼女を見ていると僕も笑いがこみ上げてきて一緒に笑った。
 夜の公園に二つの笑い声が響く。
 片方は馬鹿笑い、もう片方は少し控えめな笑い声。
 ひとしきり笑うと僕は立ち上がり服に付いた雪を払った。
 払い終え顔を上げたときふと彼女と目が合う、その瞬間何かに魅せられたかのごとく視線をはずすことができなくなる。
 彼女が手を差し出す、僕はごく自然な事であるかのように彼女の手を取る。
 冷たい…
 まるで氷のように彼女の手は冷たかった、手袋も着けずに長時間外にいたからだろう。
 僕らは手をつないだまま回り始めた。
 くるくる
 くるくる
 くるくる
 くるくる
 雪の存在を感じさせない軽やかな彼女のステップに最初は付いていくだけでやっとだったが、
しばらくするうちに何とか遅れないぐらいにステップを踏めるようになった。
 体は燃え上がるように熱かったが一歩ごとに深く雪に沈む靴はぐっしょりと濡れ、足先の感覚はなかった。
 そういえばこの靴結構高かったなあ…などと思って何気なく足元を見て妙な事に気が付いた。
 一歩踏み出すごとに雪に深い跡を残している僕の足元と対照的に彼女の足はその痕跡を雪の上に残していなかった。
 ……足跡が、無い?
 踊るのを止め、ぽかんと下を向いた僕を不思議に思ったのか彼女も吊られて下を向き…凍りついた。
 彼女は跳び退るように僕の手を振り解き顔を振り頭を抱えた。
 彼女の感情の高ぶりに呼応するかのように今まで静かだった雪の降りがだんだんと激しくなりあっという間に激しい吹雪になった。


 目も開けていられないほど激しい吹雪の中で僕は彼女がいると思しき辺りに手を伸ばした。
 その手が彼女のいるところに届いたと思った瞬間あれほど荒れ狂っていた風がぱったりと止んだ。
 おそるおそる目を開けてみると彼女は目の前に差し出された手を不思議そうに見ていた。
 僕は一歩踏み出し改めて手を差し出した。
 戸惑う様に僕の顔と差し出された手を交互に見つめていた彼女にそっと微笑みかける。
 少しの間迷っていたがおずおずと手を僕の手に重ねる。
 ひんやりした冷たいすべすべした手がそっと僕の手を包み込む、そっと握り返すと一瞬驚いたようだったがすぐに笑顔を見せてくれた。
 輝くような…という表現がぴったりの本当にうれしそうな笑顔だった。
 それが合図だったかのように再び吹雪が巻き起こる。
 だが今度は雪も風も僕たち二人を避けるかのように吹いていた。
 周りの景色はもう何も見えず世界に僕達二人だけしかいないような錯覚に襲われる。
 どこを向いても白一色の世界、穢れの無い純粋な色…
 その中にぽつんと彼女の赤い瞳に咲いた花を眺めながら僕の意識もだんだんと白く包まれていった……。




Copyright(C) CSL software All right Resarved.